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モンタ30

モンタ満30歳ならではのブログ。今年限定。
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構成がしっかりしているサイト 『東京メトロ|副都心 縦断。』


東京メトロ|副都心 縦断。
http://www.tokyometro.jp/fukutoshin/index.html
| Webデザイニング | 10:02 | comments(1) | trackbacks(0) | pookmark |
イチWeb屋が感じるゲーム屋との共通項
ちょっと昔の記憶。

子供であった自分と友達は、面白くないゲームを「クソゲー」と呼んだ。
限られた予算の中で、間違った選択をしてしまった自分を卑下する意味もあった。

年に何十、何百もリリースされるファミコンゲームの中から、
年に数回の機会に全意識を集中して正しいモノ選びをしたい。
と、僕や友達は思っていたに違いない。

だからこそ、裏切られた時の虚しさといったらなかった。
みんなで慰めあいつつ、ゴルゴ13が如何にクソゲーであるかを証明しあう。
といった、ゆがんだ新しい楽しみ方を見つけ出していたくらいだ。

最近の話になると、立場がまったく逆転してしまった。
「やむを得ずクソゲーを世に出さざるをえなかった」大人の事情というものを
ものすごい勢いで学ぶ日々が今も続いている。

だからこそ、
宮本茂、糸井重里といった人物は、子供の頃から大人になった今までも
ずっと斜め45度上側にある存在になっている。

クソゲーにしてしまう理由。
これを覆すことは普通は困難なことだ。
なぜなら、たとえ定価5500円が1980円になり、(あの頃の)ファミ通で酷評され、
その後「不朽のクソゲー」と語り継がれたとしても、
それがリリースされ店頭に並び、僕のような子供の手に渡るまで、多くの人が
「いい仕事」を全うしているからだ。

クソサイト。と巷の人はまだ呼んでいないと思うけれど、
やるだけやって結果の出ないサイトは山のようにある。

僕も、クソサイトをリリースしてしまったことが無いかというと、
むしろ心当たりがたくさんある。(ほとんど。と言えないのは、今まで携わった方々に申し訳が立たないから。というつまらない大人の事情がここにも見られる)

作品には品質以前に、期間と予算という重要な要素があるということ。
最近の子供たちは分かっているだろうけど、そのころハナタレ小僧であった僕には、
まったく分からないことだった。

けれども、スーパーマリオもドラクエ兇癲MOTHERも、
格別に有利な条件で進められたわけでもなかったんじゃないかと思う。

予算枠を10倍にしたところで、それ以上の利益を生むような予測をすることや、
説得材料、決断。というのは相当の博打好きの社長やパトロンのいるところでなければ
できないはず。

もしかすると、クソゲーではないゲーム。名作と愛されるゲームのほうが、
全体のバランスを保つことに何処よりもストイックだったのかもしれない。


前置きが長くなったのだけれども、
予算・期間を広げて、よりよい結果を生もう。とする、いままでの自分に疑問符を突きつけるカタチとなった。

どちらかというと、「必要最低限以下」が、つい最近までの「標準」だったから
拒否感が強かっただけの話。

当たればデカイ市場かというと、WEBはかつてのゲーム市場には遠く及ばない。
イケイケドンドンの勢いがあるかといえば、
それはすでに他の市場の最上流にいた支配者たちだけである。
かつてドアドアを作ったエニックスが、今のように成る。という流れは、WEBではあまり参考にならないかもしれない。

でも、WEBだってクリエイティブ、クリエイターで判断される日がくるんじゃないかな。
ウチで作る≒クソウェブ という風評はエンドユーザーが作り出す。みたいな。

それはそれで胃が痛いのだけれども、ようやくその頃には「WEBクリエイター冥利」を味わうことができるんじゃないだろうか。
























| Webデザイニング | 18:08 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
MT(movable type)のエントリーテンプレート振り分けってどうしてますか。という話
独立開業してからというもの、事ある毎にサイト構築はMT(Movable Type)を利用してきたんですが、Tipsになるのかどうかは定かではないのですが、他に良き案があったらどなたか教えてください〜。的なエントリー。

<sub>そして、キーワードマッチングばっちりなエントリーのタイトル。</sub>
続きを読む >>
| Webデザイニング | 09:55 | comments(2) | trackbacks(0) | pookmark |
デザイン買取りばら売り再利用の時代
●ホームページ制作/プロのWEBデザイナーのオリジナルデザインから選んで制作 ホームページファクトリー
http://www.homepagefactory.jp/


●ホームページテンプレート - テンプレートモンスター ジャパン
http://www.templatemonster.jp/


HPデザインはざくっと買い取る時代になっていた。

世の中には、恐ろしい数のデザインコンペに敗れたホームページの残骸が眠っている。
その中には、とってもかっこよくても、クールでも、ユーザーエクスペリエンス考えられまくりだったとしても、
クライアントとの相性や、その他政治的な事情によりやむなくお蔵入りになったものも多いと思われる。というか、勝ちに行かないコンペに意味ないわけで、みな力入れているんだから、もっと再利用マッチングの構造があればいいのに。と思っていたら、冒頭の流れがあるようなんである。

オープンデザイン。あーオープンデザインプロジェクト。
| Webデザイニング | 02:46 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
Webデザインと、何か
あるWeb制作のお話をいただき、感じたこと。

制作には、ホームページを作成するという実務の面ともうひとつ、
お客様のビジョンを共有する、引き出す、広げる。という創作の側面を併せ持っていると思っています。

何かアクションを起したい。という期待のウラには、大きな不安や危機意識がある。

ディレクションやデザイニングなど実務では、お客様の期待に応えることが命題としてあって、プロデュース、コンサルティングというのは問題意識の共感、不安・障害を共有して、解決することが求められているのだな。と。

相反するものでもなく、両方持ち合わせていなければビジネスとして成立しないわけで。
一緒に夢も現実も観て、今できることを確実に実現させる。というバランス。

「いいものを創れば文句は出ない」
これは、僕が前職でお世話になった先輩からもらったふとした一言。
おそらく、これは実務における究極の形だと思う。

「モノやカネじゃないプライスレスな価値が必要」
と、うちの社長は話す。

プレイヤーとして技を磨くことに偏るな。と暗に諭されたような気がした。
| Webデザイニング | 12:22 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
Webのデザイン
大学編入2年間の思い出のほとんどが学業ではなく職人業でした。

きっかけはインド料理屋でリストラされた腹いせに、インド本国に行ってやれ、と。
そのための資金作りにガテン系のバイトを探したのですが、僕はそこで幸運に出会ったのだと今でも思うことがあります。

社長であり職人としての師匠でもあるM瀬さんは、以前IT系上級SEも経験されたことがあってか、その頃の僕の目標であった「PCで絵描きになって大成する」という絵空話をとても面白がってくださった。

M瀬さんがはじめたM瀬工房は、建築業でいうところの「内装工事屋」。
内装工事と聞くと壁紙や床、照明器機の取り付けなどをイメージしていたのだけれど、実際は間仕切り(建物の内部を区切る壁をつくる)工事や軽天(天井をつくる)工事がメイン。
ライトな作業かと思いきや、非常に体力勝負なお仕事であり、見た目まんまのもやしっ子であった僕は内心戸惑いました。

反面、緻密さも必要で「肉眼で計る単位は0.1mmから」という、人間の限界かと思うような細かな作業を、内装工事の職人は強靭な腕でぱっぱと進めてしまう。
また、天井や壁の仕上がりは、直接お客様の目につく部分だ。
指紋ひとつ残してもクレームの発端になりかねない、非常にデリケートな部分も多い。

建築現場は、鳶職人や重機を扱うようなとても無骨で男くさい風景を思いうかべてしまうけれど、僕が見た光景の多くは、強靭さとしなやかさが交じり合った世界だった。


幸運であった。というのは、M瀬さんをはじめおおくのプロの職人の方々が、当時いち大学生のバイトでしかなかった僕に、職人業の基礎からやさしく、とても丁寧にお教えくださったこと。
もうひとつは、プロフェッショナルの世界に没頭している合間に、いつの間にか自分にも体力がついていた。という副産物もあった。

卒業を機に上京し、僕はWebデザイナーの道を選んだのだけれど、
自分のWebデザインの基本の中には、いまでも当時学んだ職人魂というものが生きているように感じる。

30を手前にして、最近そのプロ意識というものに変化がおこっている。
Webデザインに対する貪欲さ。みたいなものが以前ほど感じられなくなってしまっている。

ある程度の経験が、こなれた作業を引き起こしているのかもしれないし、
今のWebの現状に、それほどWebデザインの必要性を感じられなくなっているのかもしれないな。と思う。

Webデザインはむしろ見栄面の造形ではなく、構造設計の必要性が問われている時代ではある。決して、Webデザインが不要になることはないということももちろん自覚はしているのだけれど。

Webをデザインしはじめて、まだ6年しか経っていない。
社会に出て第二の思春期を迎えるにはまだ若い。

たまには、自分自身を振り返ってみようと思います。







| Webデザイニング | 09:46 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |